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特集

  • 吉備の桃太郎伝説
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古代史ミステリーを秘める 鳴釜神事の伝説

温羅の首は、13年間うなり続けたという。

吉備津神社廻廊(イメージ)写真提供:岡山県観光連盟

吉備津神社廻廊(イメージ)
写真提供:岡山県観光連盟

伝説に由来する神事

 吉備津神社境内には、伝説にまつわる場所も多い。矢置岩は温羅を射るための矢を置いたとの由緒があり、境内最古の建造物・南随神門(みなみずいしんもん)は吉備津彦命の家臣・犬飼武命(いぬかいたけるのみこと/犬飼建命)らを祀る。そこから一直線に続く長い廻廊を渡った先の御竈殿(おかまでん)は、桃太郎伝説のミステリーに関係する場所だ。
「ブオーン、ブオーン」と釜が大きく鳴ると吉。低く鳴るか、鳴らなければ凶。この謎めいた鳴釜神事も伝説に由来する。吉備津彦命は御竈殿の下に埋めた温羅の首のうめき声に13年間悩まされたが、温羅の亡霊からのお告げに従い、温羅の妻に釜を炊かせるとその声は治まったという。ここには勝者が苦しめられたことが暗示され、中央が地方を制する過程の歴史模様が垣間見える。ちなみに温羅の霊は、今も本殿内、北東の艮御崎宮(うしとらおんざきぐう)に祀られている。

誌面では語りきれなかった「伝説」の裏側をご紹介! 桃太郎伝説」のオモテとウラ 写真提供:総社市商工観光課

鬼ノ釜(イメージ)写真提供:総社市商工観光課

鬼ノ釜(イメージ)
写真提供:総社市役所


大和朝廷と吉備の関係

 根馬会長は「伝説はある程度史実が元になっているのでは?」と語ります。「古代の吉備は製鉄技術などをいち早く持ったこともあり、一時は大和に匹敵するような繁栄をしておりました。大和朝廷にとってみれば、吉備の国が栄えていくことはあまり好ましくないですよね」
 そうした目線から伝説を読み解くと、「モノの考え方が朝廷目線と吉備目線では180度違う訳です」と根馬会長。例えば、温羅の居城との伝承のある鬼ノ城の頂上近くには「鬼ノ釜」という大きな釜があります。「この釜も2通りの解釈ができます。1つは温羅は悪い鬼で、人を掴まえてこの釜で茹でて食べたという解釈。一方では、温泉地のように人々にお湯を楽しませた湯殿の釜なんだ、という解釈もあります」。征伐した側とされた側、両面からの視点を持てば、吉備の桃太郎伝説にグッと迫れるかもしれません。

古墳をみれば古代史がわかる!

 根馬会長が注目するのは、古墳です。「古墳を見ることによって、その地域の勢いというのがわかります」。吉備には全国的にみても稀な、大小4000もの古墳があるのだとか。「西暦400年代半ばにできた造山古墳は出来た当時には日本一大きかったといわれています。のちに畿内にもっと大きな古墳ができ、現状では全国4番目です。古墳は普通、だんだん大きくなるものですが、吉備では造山より後にできた作山古墳は、小さくなっています」
 逆に大阪府や奈良県など大和朝廷の勢力圏は、スケールが巨大化しました。「この事実を見ると、400年代半ばが境で、そこから吉備が大和に追い越され、やがて大和が日本の国を統一したということが読み解けますね」。造山古墳や作山古墳は陵墓でないため、古墳の中に立ち入ることも可能。その規模から古代吉備の力を推し量り、朝廷が“桃太郎”を派遣した理由に思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。

造山古墳(イメージ)写真提供:岡山県観光連盟

造山古墳(イメージ)
写真提供:岡山県観光連盟


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