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特集

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見いだされたカリスマ性 いくつもの奇跡 天草四郎

予言からその伝説誕生まで

神父の予言どおり現れた天童

 「今から25年後に天童が現れ、人々を救うだろう」。慶長17年(1612)、江戸幕府のキリシタン禁止令によって天草からマカオに追放される際、ママコス神父はそう予言したという。
 時は流れ、キリシタン禁令の強化による迫害と重税に凶作が人々を追いつめる中、島原半島でついに一揆が勃発した。天草もそれに呼応して決起、総大将に押されたのは洗礼名ジェロニモこと弱冠16才の天草四郎。寛永14年(1637)、予言から25年後のことである。
 天から招き寄せた鳩が手の内で産んだ卵の中から聖書を取り出し、雀を止まらせたまま竹の枝を折り、まるで陸を歩くように海上を進んだなど、四郎にはいくつもの奇跡が語られる。また、側近の一人・森宗意軒(もりそういけん)は、あの由井正雪の妖術の師匠と伝えられるなど、四郎の不思議伝説には事欠かない。

天草四郎公園に立つ天草四郎像(イメージ)

天草四郎公園に立つ天草四郎像(イメージ)

天草にある7体の四郎像に込められた思い

 四郎の出現が予言を軸に画策されたことは想像に難くない。とはいえ、一揆の旗印に担ぎだされたほどである、彼には大いなる魅力があったことは間違いないだろう。そして、そのカリスマ性を補強するように、さまざまな説話が付加されていった。当時の16歳といえば元服を迎え、成人と見なされる年齢だが、人生経験の未熟さはいうまでもない。有能な側近の支えがあったとしても、若い双肩にのしかかった重圧を思うと心が痛む。四郎は自分の運命をどう捉え、そして殉じたのだろうか。
 天草には現在、7体の天草四郎像がある。大きさもポーズも表情もそれぞれに個性的だ。天を指差し、鳩を招き、祈りを捧げる四郎たち。彼の伝説に親しんでから眺めれば、その姿の暗示する先が見えてくるようだ。

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