解説者の案内で、祇園祭の宵山の函谷鉾に登鉾体験
解説者の案内で、祇園祭の宵山の函谷鉾に登鉾体験

Theme伝統行事と祭りを愉しむ

豪華絢爛! 祇園祭 前祭 山鉾巡行鑑賞と、解説付き函谷鉾登鉾、宵山での屏風飾り

毎年7月1日から月末までの一カ月間にわたって行われる祇園祭。祇園祭の山鉾巡行は前祭が17日、前祭の宵山14~16日に行われます。今年は連休と重なるまたとない機会です。こちらのツアーでは、祇園祭のあれやこれやを満喫し尽くす贅沢な内容でご案内します。

 

鉾町に立ち並ぶ山鉾を見るだけでなく、解説者の案内で登鉾体験。鉾に飾り付けられた駒形提灯がゆらめく宵山の夜は、「コンチキチン」の祇園囃子が奏でられるなか、各山鉾の人形やタペストリーなどを眺めながらじっくりと町歩きをお楽しみください。山鉾巡行の日は、「動く美術館」とも言われる山鉾が京都の町を練り歩く様子を指定観覧席(椅子席)よりご鑑賞。山鉾が京都の町を動いていくその姿は神々しく、見応えがあります。お楽しみは宵山と山鉾巡行だけではありません。この期間、山鉾町の町家や、旧家、老舗などで屏風や伝統品などを展示して飾り付けを行う屏風祭も開かれています。ふだんは一般公開されることのない、さまざまな貴重な美術品や調度品を見て回れる機会なので、町をくまなく歩いてみてはいかがでしょうか。

  • 旅行日数1泊2日
  • 最少催行人数15名
  • 旅行代金2名1室おひとり様 75,000円、1名1室おひとり様 98,000円(京都発着)
  • 出発日2017年7月16日(日)
  • 出発地東京・名古屋・京都・岡山・広島・博多発(東京・名古屋・岡山・広島・博多発の料金はお問い合わせください)
  • 添乗員1日目の京都駅出発から2日目の京都駅解散まで同行いたします。

このプランのおすすめポイント!

  • 解説者の案内で、祇園祭の宵山の山鉾に登鉾体験
  • 山鉾巡行を指定観覧席(椅子席)より間近に参観
  • 「紫織庵」の屏風飾りをご鑑賞
  • 幻想的な宵山歩きをお楽しみいただけます
  • 1日目は「幾松」にて鴨川納涼床料理のご夕食
  • 2日目は京都ホテルオークラ 中国料理「桃李」にて特別ランチコースのご昼食
祇園祭(イメージ)
祇園祭(イメージ)

1日目、最初に訪れるのは、京都市の指定有形文化財でもある、京のじゅばん&町家の美術館「紫織庵」。祇園祭期間中に「紫織庵」前に建つ八幡山や館内の屏風飾りの、見応えのある展示をご覧いただきます。宵山には山鉾町の人々が、町家の店の間に屏風を立て巡らし、親戚知人を招いたり、通りを歩く人たちに見せる習わしがあります。これを一般に「屏風祭」と言い、町家で飾られる秘蔵の屏風や道具は長い歴史のなかで培ってきた京都の人々の美意識の豊かさを示しています。

「紫織庵」の屏風飾り
「紫織庵」の屏風飾り

祇園祭を支えてきた京都の町衆の暮らしぶりや受け継がれてきた文化を「屏風祭」で垣間みたら、次は豪華絢爛な山鉾の見学に参りましょう。今回は、「コンチキチン」の祇園囃子を奏でる囃子方が座るその場所に解説者の案内付きでご案内します。山鉾の中は神聖な空間です。凛とした空気がはりつめ、通りの喧噪とは異なる祇園祭の世界が目の前に広がります。

解説者の案内で、祇園祭の宵山の函谷鉾に登鉾体験
解説者の案内で、祇園祭の宵山の函谷鉾に登鉾体験

ご夕食は、「幾松」のお席を確保しています。鴨川に大きな床をはり、せせらぎの音を耳に、暮れなずむ大文字山、東山、比叡山の山並みを眺めながら、涼味あふれる鴨川納涼床料理を堪能していただきます。ご夕食のあとは宵山散策へ。「コンチキチン」の祇園囃子が鳴り響くなか、飾り付けられた23基の山鉾の駒形提灯に灯がともされ、大勢の人出でにぎわい、夜店があちこちに数多く出ている宵山を各自お楽しみください。

「幾松」の鴨川納涼床料理(イメージ)
「幾松」の鴨川納涼床料理(イメージ)

2日目はいよいよ祇園祭いちばんの見どころである「山鉾巡行」を指定観覧席(椅子席)よりご鑑賞。古代平安京に蔓延した疫病や災害の退散を祈る祇園御霊会が始まりとされる祇園祭。災厄をもたらす疫神を鎮めるために、町中を練り歩いたことが始まりといわれています。その昔、どの山鉾が先に巡行するかで争いがあったことから、現在では毎年7月2日の『くじ取り式(非公開)』にて巡行順を決定します。2014年より巡行が7月17日の「前祭(さきまつり)」と7月24日の「後祭(あとまつり)」に分かれて行われ、古来の形態にならって前祭では23基、後祭では10基の山鉾が京都市内を練り歩きます。

前祭 山鉾巡行(イメージ)
前祭 山鉾巡行(イメージ)

ご昼食は、京都ホテルオークラ 中国料理「桃李」にて特別ランチコースをお召し上がりいただきます。そしてその後は、祇園祭発祥の地と言われる「神泉苑」へ。平安京最古の庭園といわれている神泉苑は、794年に桓武天皇が平安京の造営にあたり大内裏の南の沼沢を開いて設けられた苑池であり、常に清泉が湧き出すことから神泉苑と名づけられました。平安時代の京の町は度重なる鴨川の大洪水により、都に疫病が大流行していました。祇園社(八坂神社)の神で、古代、暴れ神として恐れられていたスサノオノミコトのたたりといわれ、疫病を鎮めるために「神泉苑」で御霊会(ごりょうえ)を行いました。当時の日本の国数である66本の鉾を建立し、疫病退散を祈願したのです。これがのちに祇園祭となったと言われています。室町時代になると、鉾に車をつけて町をねり歩く形となり、現代にも受け継がれています。

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