京都の古地図。時空を超えた京都へ行きませんか?
京都の古地図。時空を超えた京都へ行きませんか?

Theme京の歴史旅

秋の京都御所「一般公開」と、専門ガイドとともに信長の歴史をたどる日帰り旅

古都京都。千年の都、京都はさまざまな歴史ロマンが存在し、人々をひきつけてやまない魅力がいっぱい。そんな京都の今と昔を信長が残した足跡を中心に、地元に詳しい専門ガイドとともに、古地図を片手に時空を超えた旅にでかけてみてはいかがでしょうか? また、京都御所の秋の一般公開をはじめ、色付き始めた嵐山を車窓から眺め、充実の日帰り旅行をお楽しみください。

  • 旅行日数日帰り
  • 最少催行人数30名
  • 旅行代金17,800円
  • 出発日2017年10月29日(日)、30日(月)、31日(火)
  • 出発地広島県
  • 添乗員同行いたします

このプランのおすすめポイント!

  • 戦国屈指の武将「織田信長」の京都での秘密を探ります
  • 専門ガイドが同行しますので、しっかり、じっくりご説明いたします
  • 京都の古地図を配布し、今と昔を見比べましょう
  • 秋の京都御所をご見学
  • ご昼食と抹茶の御菓子をご用意
  • 往復山陽新幹線普通車指定席利用(JR広島駅からJR新大阪駅まで)
  • おひとりさまの参加も歓迎

まずご案内するのは、京都御所へ。天皇の即位式などの重要な儀式が執り行われた紫宸殿を始め、歴代天皇がお住まいになった清涼殿、御常御殿や、小御所、御学問所など、広い敷地内には数々の見どころが。異なる建築様式にも着目してみましょう。

次に訪れるのは、大徳寺。さぁ、古地図を片手にベテランガイドとともに、戦国時代の風雲児、織田信長公が残した足跡をたどってまいりましょう。本能寺にて家臣の明智光秀の謀反により、天下統一を目前に志半ばで、49年の波瀾にみちた生涯を終えた信長公。その本能寺の変より百日後の10月11日、信長公の遺子で、秀吉公の養子・秀勝公が喪主となり、織田信長の大葬礼が執り行われたのが大徳寺です。翌年の天正11年(1583)信長公の一周忌に間に合うようにと秀吉公が建立したのが大徳寺の塔頭寺院、総見院。信長亡き後の政権争いの中、秀吉がその主導権を握るため建立したといわれています。信長の菩提寺であるこの総見院は、通常は非公開。約2か月間だけの特別公開となります。本堂には秀吉が奉納した木造織田信長公坐像(重要文化財)が安置されていますが、その大きさは高さ三尺八寸(約115cm)の等身大で、慶派の仏師、康清によって作られました。2体彫られたうちの1体は、葬儀の際に荼毘にふされますが、香木によって作られたその木像の薫りは洛中一帯に広がったといわれています。

そして、信長の天下統一の偉業を称え、明治天皇が建立した建勲神社へ。平安京造営の際に北の基点とされた船岡山にあり、比叡山や大文字山などの東山三十六峰を一望できるようになっています。

ご昼食と、京和菓子と抹茶で休憩したのち訪れるのは、信長上洛寺の止宿であったといわれる妙覚寺。そして、室町幕府、織田、豊臣、徳川将軍職からの寄進も多い御霊神社(上御霊神社)へ。織田信長公の墓は、全国にたくさんあるといわれますが、最後に訪れるのは、その数ある墓の中でもいちばん史実に近いとされている、阿弥陀寺です。

1555年、玉誉清玉上人が近江国坂本に創建したのがこの寺の始まりといわれています。その後、清玉上人が織田信長公の帰依を得て、上京今出川大宮に移転しました。本能寺で討たれた信長公とその子・信忠公の遺骨を清玉上人が持ち帰り、阿弥陀寺に葬ったとか。1585年に豊臣秀吉の寺町造成に伴い現在地に移転しました。信長公のエピソードがそこここにある京都市。ぜひ専門ガイドとともに歴史を紐解く旅をお楽しみください。

色付き始めた嵐山を車窓から眺めながら、新大阪駅へ
色付き始めた嵐山を車窓から眺めながら、新大阪駅へ

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