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特集

明治維新150年(2018年)を前に、注目を集める山口県。
なかでも維新の立役者を数多く輩出した萩市は、今も幕末当時の古い町並みが生き続ける歴史の宝庫。萩を訪ね、維新胎動の風を感じる町歩きを楽しんでみよう。

古地図で歩ける町・萩

萩藩260年のシンボル・萩城跡

 今回、取材にご協力いただいたNPO萩観光ガイド協会の須山義厚事務局長は、萩の楽しみ方について「古地図を片手に萩観光というのが、私ども一押しのメニューなんです」という。ぜひとも観光案内所やバスセンターなどでパンフレットを手に入れ、地図を携えて歩いてみよう。
 三角州にできた町・萩の西の端にあるのが、長州藩の政治の中心となった地・萩城跡指月公園。「地図をご覧いただくとわかりますが、萩城の場合は、海城なんです。三方を海、もう一方を外堀・内堀・中堀とで囲まれ、攻め込まれた時には橋を落としてしまえば三角州に入れないようになっています」。関ヶ原の戦いで敗れた毛利輝元が築城した当時は、まだ戦(いくさ)を想定していたのだ。「萩城は1604年(慶長9)の築城から1874年(明治7)に解体されるまで、毛利氏が萩を治めた約260年のシンボルといえますね」

萩城天守台からの眺め。内堀の向こうが指月山。

萩城跡指月公園

藩の重臣が住んだ三の丸へ

 城跡を出て、東へとしばらく歩くと、閑静で風格のある屋敷地となる。「ここはお城の三の丸なんです。本丸は殿様の住居地、二の丸は役所、そしてこの三の丸は上級武士が住んでいたところです。ここには藩政に関与した数千石〜数万石という毛利一門、あるいは家老といった重臣達が住む武家屋敷が159軒ありました」。いたるところに残る土塀や石積みの多くは江戸時代のもので、これを見ればその屋敷の広さもうかがい知れる。「広いところは、4500坪くらいありますね」
 萩博物館も武家屋敷の屋敷跡だという。「元々は毛利一門の、大野毛利という武家の屋敷跡だったんです。隅櫓などは、実際にあったものを残っていた図面通りに復元したんです」。萩の町全体を博物館に見立てた“まちじゅう博物館”の拠点ともいえるこの博物館で、まずは萩の町の成り立ちやその歴史を学んでから「ここに行ってみようか」と目的地を決めて町歩きに出かけるというのが、須山さんのおすすめ。町歩きに役立つパンフレット類も、ここで手に入れられる。

萩博物館の隅櫓。残っていた図面通りに復元されている。

萩博物館
  • 旧萩城下町を歩く
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