岡山の風土を映した、個性豊かな地酒の魅力
――岡山県は恵まれた気候風土を生かした、知る人ぞ知る酒どころだと思います。どんな魅力や特徴があるでしょうか。
貝原さん:気候が温暖で肥沃な土壌に恵まれた岡山県では、昔から米作りが盛んに行われてきました。中でも日本酒の原料となるお米は、名だたる酒米品種のルーツである「雄町」が全国の9割以上を産出する主産地になっていますし「酒米の王様」といわれる「山田錦」も全国2位の生産量を誇っています。
宮下さん:岡山の酒造りは、まさに米どころの恩恵を受けて発展してきました。岡山平野は中国地方最大の面積を誇っていて、良質な米が得られる恵まれた環境のもとで酒造りの文化や技術が広がっていったのです。
貝原さん:しかも岡山県は水にも恵まれており、高梁川、旭川、吉井川と3本の一級河川が豊富で良質な水をもたらしています。
辻さん:私たちが酒造りに使う水は軟水が主流ですが、地域によっては水質が異なるところもあってバラエティに富んでいます。たとえば岡山県北部の真庭市にはうち(辻本店)と落酒造場(真庭市下呰部)さんの2軒がありますが、当蔵の仕込み水が軟水なのに対して落酒造場の井戸水は中硬水。水が変わればお酒の味わいも変わるように、バラエティ豊かなお酒が楽しめるのも岡山の地酒の魅力のひとつだと思いますね。
貝原さん:こうした恵まれた気候や資源は、備中杜氏といわれる造り手たちによって旨い酒になります。これら一級の米、水、技が三位一体となって醸される酒。それが、岡山の地酒といえるのではないでしょうか。
岩崎さん:みなさんおっしゃるとおり岡山の地酒は美味しいのですが、正直申し上げて、その魅力は全国的にはあまり知られていないのが実態です。仕事柄、県外の方におすすめする機会が多いのですが、岡山の酒を飲んでもらうと、美味しくてびっくりされます。自信を持って紹介していますよ。
内藤さん:東北地方出身の私は、東北のお酒の方がすっきりとしていて、岡山のお酒は濃醇で味わい深いイメージがあったんです。でも、実際にいろいろと飲んでみると、岡山のお酒の中にもさらっと飲めるものから味の濃いものまでいろいろあることがわかって、岡山のお酒をもっとおすすめしていきたいと思いました。いろんな料理に合わせられるのもいいですね。岡山のお酒と料理、なにかおすすめの組み合わせはありますか?
宮下さん:日本酒と相性がいいといえば、醤油ですね。醤油と合わせることで料理との相乗効果が増して、料理がよりおいしくいただけます。鯛をはじめとする瀬戸内海のおいしい魚を刺身にして、雄町で造った岡山の酒を合わせていただくのが最高!醤油を少し絡めた刺身に日本酒を合わせるのが、私は一番好きですね。
辻さん:うちの蔵がある県北は、昔は新鮮な魚が手に入らなかったので、塩漬けにしたサバとか、今でいうジビエとか。味の濃い料理が多かったので、それに合うような濃醇で辛口な酒が多かったですね。
内藤さん:そういえば、旅先で酒蔵見学をしたとき、酒造りの工程を直接見られるだけでなく、蔵に広がる香りや蔵のある地域の環境が体感でき、とてもうれしかったのを覚えています。それに、お酒の味わい方や料理との合わせ方なども造り手から直接聞くことができ、とても有意義でした。
宮下さん:弊社では蔵の敷地内でレストランやショップを併設した「独歩館」を営業しています。ご予約いただければ酒蔵見学も可能で、県内外から多数の方にお越しいただいています。場所もJR岡山駅から山陽線や赤穂線で一駅のJR西川原駅からほど近く、電車をご利用いただくことで飲食や試飲を気軽にお楽しみいただけるので、ぜひJRで遊びに来てください(笑)
岩崎さん:宮下さん、ありがとうございます! 辻本店さんがある真庭市も、魅力的なスポットが多いエリアですね。
辻さん:最近はJRや地元の観光局などと「発酵」をキーワードにしたツーリズムに取り組んでいます。真庭市はもともと酒蔵が多かった上に醤油や味噌、お酢造りの文化があり、東日本大震災以降は真庭に移住してきた人がチーズ作りを始めたりパン屋さんを開業したり、地元の人がクラフトビールの醸造所を立ち上げたりもしています。そこで、土着の「和の発酵」と新たな「洋の発酵」を巡りながら田舎の街を楽しんでいただく企画を催したり、自転車で巡る「散走(さんそう)」ツーリズムを取り入れてアクティビティと食をパッケージングしたツーリズムにも力を入れています。
岩崎さん:そういえば、岡山県内の酒蔵さんは見学可能なところが多いですね。ただ、最寄り駅から遠い酒蔵が多いので、JRの駅から定額料金でタクシー観光できるプランなど、駅と酒蔵をつなぐ仕掛けを増やさねば、と考えています。実はJR宇野駅とJR児島駅間にある観光スポットをタクシーで巡るプランがあって、倉敷市児島にある三冠酒造さんもコースに入っているんですよ。ちなみに、日本酒がお好きな方にぜひ訪れてほしいおすすめの観光スポットってありますか?
辻さん:それはもう、岡山が誇る酒米「雄町」を安政6(1859)年に発見した岸本甚造翁の石碑(岡山市中区雄町)じゃないですか。そのすぐ近くには環境庁選定の名水百選「雄町の冷泉」もありますし。
貝原さん:浅口市寄島町には備中杜氏ゆかりの場所がありますね。嘉美心酒造(浅口市寄島町)の敷地内には、かつて備中杜氏がここで交流や研鑽を積んだ「寄島研究酒造会館」が残されています。また蔵から近い場所にある大浦神社の境内にはお酒の神様で知られる「松尾大社」が分祀されていて、今も酒造期の前には備中杜氏が醸造祈願に訪れています。海に面した寄島町は、牡蠣の産地としても有名。さらに西にある笠岡市でもガザミ(ワタリガニとも称される)をはじめ新鮮な魚介を買うことができるので、蔵を訪ねがてら巡るのも楽しくていいですね。
岡山の地酒を、誰もが気軽に。
プロジェクトの狙いと仕掛け
――昨年発売された「OKAYAMA SAKAGURA COLORS」が、大きな反響を呼んでいます。
岩崎さん:岡山のお酒は本当においしいということをもっと多くの人に知ってもらいたいと始まった企画です。観光や出張で岡山を訪れた人が飲んでファンになったり、お店や日本酒イベントで飲み比べて好きになったりしてくれる人は多い反面、720mlの四合瓶を買うとなるとハードルが高い。そこでミニサイズのかわいいボトルにしたら、もっと手軽に飲み比べできて、これまでとはまた違った層のお客様に手に取ってもらえるんじゃないかと。プロジェクトはそこからスタートしました。
貝原さん:コロナ禍の中、岡山の酒造業界は昨年の出荷量が前年対比2割減と厳しい状況にあり、今もその影響が続いています。そんな中、岩崎さんからこの企画の話をいただいて。当初はどれくらいの蔵元が賛同してくれるか不安でしたが、結果的には27軒もの酒蔵が参加してくれました。これだけの蔵が揃ったのは、おそらくこれが初めてだと思います。おかげさまで売れ行きも好調で、岡山県酒造組合としてはひとつの成功体験になりました。
辻さん:この話をいただいたのは、昨年コロナで外出が制限される中、同世代の蔵元と週1回行っていたオンライン飲み会の中で「何かやろう」と盛り上がった時期でした。その後、9月に岡山市内で行われた食とお酒を楽しむイベントに参加したり、10月1日の「日本酒の日」にオンライン乾杯イベントを実施したりとさまざまな企画が立ち上がり、岡山の酒蔵がひとつのことに向かって一緒に取り組もうというムードが一気に高まりました。「OKAYAMA SAKAGURA COLORS」も、そのひとつ。こうした経験が、今後きっと生きてくる気がしています。
宮下さん:私もそう思います。こうした取り組みはこれまでになく、岡山県の酒蔵のイメージアップにもつながりました。そういえば、海外のワイナリーを巡る時にもこんなサイズ感の商品があればいろんな種類の飲み比べが楽しめるし、お土産としてもいいなと思っていました。コロナが収束してインバウンドが再び活発になったら「OKAYAMA SAKAGURA COLORS」のような飲み切りサイズの商品はますますヒットしますよ。
岩崎さん:今回の企画は、ここにおられるみなさまをはじめ、デザイナーや広告代理店、事務局を担った旅行会社、商社、販売店の皆様が、岡山を愛していて、魅力を知ってもらいたい思いで、本当にご尽力いただきました。スケジュールもクオリティも素晴らしいと思いますし、どこか1者がかけていたら実現できていないと思います。今回の財産を、インバウンドのお客様に楽しんでいただけるまで、何とか続けたいですね。
貝原さん:100mlという容量は、酒蔵の人にとってはなかなかできない発想ですね。瓶詰ラインに載らず、手作業で充填しなければならないので。
岩崎さん:岡山にこんなに多くの酒蔵があることは地元の人でもあまり知られていないと思います。岡山駅の駅ナカにある店舗では「OKAYAMA SAKAGURA COLORS」を店頭に並べて販売していますが27種類も並ぶと壮観です。それに、お客さまがこれまでとは明らかに違う視点で購入されているのがわかるんです。ラベルの色で選んだり、プレゼントする相手をイメージして組み合わせたり。赤磐酒造(赤磐市河本)の「桃の里」は桃色のラベルにしていて、「岡山県=桃」のイメージもあってか手に取りやすいみたい。
内藤さん:ボトルのサイズやラベルなど見た目がすごくかわいらしくて、SNS映えする商品としてもアピールできますね。若い人や初心者にとって日本酒はちょっとハードルが高いので、試しにちょっと飲んでみようかなとかプレゼントしようかなと思える商品ができたのはよかったと思います。日本酒が好きな方にとっても、27蔵のお酒を少しずつ飲み比べできるとあって、コレクション魂をかきたてられる魅力的な商品になりましたね。
辻さん:確かに「OKAYAMA SAKAGURA COLORS」がSNSにたくさん投稿されていましたね!
岩崎さん:今年1月には5回にわたって岡山の酒蔵とオンラインでつないだ「酒蔵バーチャルツアー」を開催しました。ナビゲータに俳優やモデルとして幅広く活躍中の綿谷みずきさんを迎え、酒蔵の皆さんとトークセッションを繰り広げながら蔵のことや酒造りのことなどを紹介していただく内容で、参加者の皆様には事前にお送りした「OKAYAMA SAKAGURA COLORS」のミニボトルと「JR PREMIUM SELECT SETOUCHI せとうちのおいしいシリーズ」を味わいながら楽しんでいただきました。
内藤さん:2月に岡山駅新幹線改札口内の「カフェバール マスカット」で開いた「岡山の日本酒を愉しむ会」にはのべ90人以上の人に参加いただきましたが、お帰りになる時のお客さまの表情がみなさん本当に満足そうで。「岡山にこんなにバラエティ豊かなお酒があるとは知らなかった」とか「こういう会をぜひまたやってほしい」といった声を多数いただいたのはうれしかったですね。
もっともっと、岡山地酒を楽しんでほしいから。
――歴史ある岡山の日本酒文化ですが、時代とともに酒蔵を取り巻く環境も変わりつつあるのではないでしょうか。今後の取り組みについてお聞かせください。
宮下さん:アルコール自体を飲まない人が増える中、日本酒の味わいを知らない人も少なくないと思います。それだけに、日本酒、特に岡山にはお米の旨味を引き出したおいしいお酒がたくさんあることをぜひ知っていただきたいものです。「OKAYAMA SAKAGURA COLORS」はそういった意味で新たな層に手に取ってもらういいきっかけになりました。
辻さん:日本の飲酒人口が減るこれからは、酒蔵にとってますます厳しい時代になります。そんな中、酒蔵はなぜ酒を造るのかというメッセージをお客さまに伝え続けなければならないと思っています。そういう意味で岡山って武器になるものがたくさんありますね。「雄町」をはじめとする酒米とか、水とか。岡山の酒蔵の未来は明るいと思うのです。だからこそ酒蔵はいい酒を醸す努力をもっとするべきだし、各蔵の個性を深化させたり醇化させたりといった哲学も必要。お互いに刺激がなければ切磋琢磨することもできないので、今回のような企画は私たちにとってとてもいいチャンスになったと思っています。
貝原さん:岡山地酒のブランドや発信力を高める上で、今回のような取り組みは非常に効果的だったと思います。地酒を気軽に手に取っていただく仕掛けは今後も必要ですし「酒蔵バーチャルツアー」のようなオンラインでの取り組みも続けたいものです。来年夏には「デスティネーションキャンペーン(以下DC)」を控えているので、岡山を訪れるみなさんにはぜひおいしい地酒を飲んでいただきたいですね。それまでに地元のお酒が冷やでも燗でもおいしく飲めるお店が増えることを願っています。
岩崎さん:今回のプロジェクトがDCの2年前からスタートしたのは画期的なことです。来年の開催に向けて飲食店や宿泊施設などで岡山の地酒に触れられる機会をもっともっとつくっていきたいです。岡山の地酒の飲み比べができる飲食店が市街地にもっと増えるといいなと思いますし、鉄道会社としては車中で地酒をお楽しみいただける企画を実施してみたいところです。そこでおいしいと思った銘柄が「OKAYAMA SAKAGURA COLORS」の中にあれば、買って帰りたくなりますよね。気軽に飲み比べできて、欲しいお酒を手軽に買って持ち帰ることができる。そんな地域にしていけたらいいですね。
貝原 康郎(かいはら やすお)氏
宮下 晃一(みやした こういち)氏
辻 総一郎(つじ そういちろう)氏
岩崎 優(いわさき ゆう)氏
内藤 伶奈(ないとう れいな)氏
本座談会は2021年2月25日に行われたものです。