広島名物「あなごめし」を考案したのは上野さんの曾祖父である他人吉(たにきち)翁。江戸時代より穴子がたくさん獲れていた宮島近郊では、昔から地元の料理として穴子どんぶりが提供されていました。その白飯を工夫し、穴子のアラで炊き込んだ醤油味飯を作り、宮嶋駅(現・JR西日本宮島口駅)明治30年開業の際、温かくても冷めても美味しい駅売弁当として完成。その後、明治34年に『あなごめし うえの』を創業しました。『庭園の宿 石亭』は、昭和40年に、上野さんの父で大野町長だった貞一さんが、宮浜温泉の開湯を牽引し、同時に始めた宿です。
上野さんが石亭で日本酒に力を入れると決めたのが、利酒師の廣田冨士子さんと出会った約25年前。それまで石亭では、穴子は蒲焼きでしか扱っていませんでしたが、「日本酒には穴子の白焼きが必須だ」とお酒に合う穴子料理の提供も一緒に始めました。「私が20代の若い頃は、穴子といえば蒲焼きの一辺倒でしたが、35歳を過ぎた頃に、白焼きの美味しさに気付いたんですね。口の中で薄口の塩気とワサビの風味を感じながら、そこにお酒をくいっと、これが絶妙に合うんです。また昔は、穴子を食わず嫌いしている人も多かった。だから白焼きだけでなく、様々な調理法でより魅力を感じてもらえればと。絶対この旨さを分からせてやるぞ、と挑戦状を叩き付けるような気持ちで、これならばと思う一品を並べました。それがだんだんと定着して、今ではこの先付が、石亭の料理の顔となっています」。
石亭の全てのコースで、おもてなしの心を込めて初めに供され、酒の肴的役割を持つ先付の『穴子三昧』。『白鴻 純米大吟醸 沙羅双樹50』のほか、夏場は透明感のある綺麗な酸が爽やかな『うごのつき・涼風』を合わせても。
「まずは、白焼きや西京焼きで脂の旨味をじっくりと味わいながら、酒を進めていただきたい。これに合わせるなら…」と上野さんが選んでくれたのは、盛川酒造の『白鴻 純米大吟醸 沙羅双樹50』。ふくよかでキレも良い味わいで、穴子の身と脂の甘さが一層引き立ちます。また、白焼きを食べてみて驚かされたのは、身の弾力。「しっかり脂の乗った穴子なら、煮たり蒸したりしなくても柔らかくて美味しい。シンプルに焼くだけというのは、それだけ素材のごまかしがきかないということなんですね。選ぶ基準は、大きすぎず小さすぎず30~40㎝のサイズで、脂がのっているもの。ただそれだけですが、それを揃えるのが大変難しい。100匹いたとすると、その条件が揃っている理想的なものは10匹にも満たないんですよ」。その条件が揃っているからこそ、うえののあなごめしは、穴子の脂に頼って焼くのみ。石亭のコースの最後に出てくる『穴子釜炊きご飯』もその精神を受け継いでいます。
一般的には穴子の旬は夏とされ、特に6月から8月にかけてが美味しいシーズンだといわれています。「夏の穴子はさっぱりしているので、例えば白焼きなら、やや優しい甘みで清涼感のある日本酒を合わせるといいですね。脂がのってくる冬の穴子も、夏とはまた違う格別な味わいです。冬なら、香りは爽やかながら、米の甘みと酸味、そして苦味の調和が取れている日本酒と一緒に味わうと最高ですよ」。そう教えてくれたのは、石亭で長年日本酒選びを任されている、利酒師の廣田冨士子さん。また、季節によって変わるのは、食材やお酒だけでなく、人の味の感じ方も変わるそう。「冬だとすっきり感じるものも夏には甘く感じるんです。だから、夏場は少し線の細い、酸味の綺麗なすっきりとしたお酒を揃えています。石亭では、季節ごとのコースの料理に沿わせながら、四季のお酒を10種類ほど用意しており、それらをサロンで試飲することもできます。旬の穴子と夏酒を、ぜひ一緒に堪能してみてください」。
利酒師 廣田冨士子さん
『石亭』の日本酒のコーディネートを担当。「楽しく酔える喜びを少しでも多くの方に伝えたい」と利酒師の資格を取得。各地の酒蔵に足を運び、造り手と直接交流することを大切にしている。現在はバルセロナ在住。地中海の側で、お好み焼や牡蠣といった広島の美味や日本のタパスと、厳選した広島の日本酒を楽しめるレストラン『富士鷹』を営んでいる。広島時代に開催していた蔵元を囲んでのお酒の会「楽酔会」のバルセロナ編も!と思案中。
庭園の宿 石亭
- 宮島と瀬戸を望む閑静な1500坪の庭園に佇む離れ座敷の宿
広島県廿日市市宮浜温泉3-5-27
0829-55-0601
「大野浦駅」より車で約5分、「宮島口駅」より車で約15分
※各駅からの送迎あり(要電話予約)
『庭園の宿 石亭』について詳しくはこちら
TEXT BY TJ Hiroshima-タウン情報ひろしま